1980年代 私が横山瑞生先生の東京 四谷一本堂で研修を受けていたころ、勉強会 日中医療普及協会でご一緒しました。横山先生が主宰する日中医療普及協会は中国の「はだしの医者」の影響を受けて発足した研究会です。当時は刊々堂出版社の「針灸学」(上海中医学院編 翻訳は浅川要先生ほか)が必読文献のようになっていて、苦労して読んだものです。学問はわかりにくくて当たり前の時代でした。
森先生は自宅の一角を鍼灸院にされていました。温厚な人柄で、なんというかそこにいらっしゃるだけでみんなの気持ちが落ち着くような先生でした。とくに特徴のある治療をされていたわけではありませんが 鍼灸というのは人柄で治す要素も大きいなと思ったものです。
兵頭明先生が中国から帰国され東京衛生学園で講座をもたれたのも80年代後半です。文化大革命期の「はだしの医者」から現代中医学へ。私は四谷の東京医療専門学校(呉竹学園)出身でしたが、大森に出入りして学ぶようになっていました。
