2018年01月17日

阪神淡路大震災での鍼灸マッサージのボランティア

結(ゆい)鍼灸院の藤井正道です。1月24日水曜からのリフォームにむけて、いろいろ整理していると古いファイルが出てきました。1995年1月17日 阪神淡路大震災の時の震災ボランティアのノートです。ノートをみながらいろいろと思い出しました。あれから23年たちました。

☆阪神淡路大震災での鍼灸マッサージのボランティア

当時は自然発生的にボランティアが生まれ、ボランティア元年と呼ばれました。全国から多数のボランティアが集まりました。
被災地では「オウム真理教」のポスターが多数 貼られていて、「なんだ 人の不幸につけこんで」と思ったことをおぼえています。その後3月20日に地下鉄サリン事件がおこります。神戸を拠点とする暴力団 山口組も炊き出しを行なっていました。混沌とした中にエネルギーがあふれていました。私はやることを探していたボランティアさんに次々と仕事をお願いし、協力してもらいました。
1月21日、29日と他団体といっしょにボランティアをした後、独自に鍼灸マッサージのボランティアツアーを呼びかけました。2月5日、26日、3月5日と西宮や神戸に臨時治療所を設置、全国からのべ142名の仲間が集まり670名の被災者の患者さんを治療しました。この時のメンバーを中心に結成したのが関西中医鍼灸研究会です。

当時 シャプラニール 市民による海外協力の会のメンバーとも付き合いがありました。シャプラニールは その頃 バングラディシュ中心に支援活動していましたが、その人たちは「神戸がバングラディシュになった」と言いながら続々と現地入りしていました。被災地に生まれた助け合いの雰囲気を「バングラディシュになった」と表現していたのです。

3月5日は県立兵庫高校・南駒栄テント村・本町公園テント村の3カ所に臨時治療所を設営しボランティア治療をしたのですが、その時は5名の視覚障害者の治療家も本町公園テント村で活動されました。私は兵庫高校にいて、直接 お会いすることもなかったのでノートをみるまで忘れていました。

☆いろんなやり方があっていい

お役所は視覚障害者の治療家を「危険だから」と断ってしまうかもしれません。危険度は現地で実際に活動する民間ボランティアの方がよく知っているし、回避方法も知っています。
災害の後は 「現地の受け入れ態勢ができるまで市民ボランティアを自粛しよう」という放送が流れたりしますが、間違いです。いろんなやり方があっていいのです。動きたい人、動ける人は動きましょう。窓口は社会福祉協議会等だけではありません。民間ボランティア団体も独自に動き始めているので、そこと連絡をとることもできます。
神戸では「ちびくろ救援ぐるうぷ」の村井雅清さんにお世話になりました。村井さんはその後も持続的に活動され、現在は被災地NGO恊働センターの顧問をされています。民間の災害ボランティアのプロが被災地の役人をサポートしています。
できるだけ早期に入り、被災者のニーズにこたえることは必要です。勝手にやっていいのです。私は「何をすればいいのですか」ではなく「これをしますが、よろしいですね」と満面の笑みで役人に頭を下げることにしています。
熊本地震の時は 熊本駅で「ボランティア志望者を 民間ボランティア団体につなぐボランティア」も立っていました。いろんなやり方があっていいのです。

当事の様子は以下からご覧ください。
http://www.yuisuita.com/hobby/
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※ 1月は院内リフォームのため24日水曜から27日土曜を臨時休診させていただきます。
結は1989年に開院し、2000年に現在の建物に移転しています。17年たって内装も痛んできたので壁も天井も全面的に張り替えることにしました。一部の床の段差も直します。

◆1月の関西中医鍼灸研究会のお知らせ

1月21日 13時から 風邪と花粉症の講義と実技 
詳しくは以下の関西中医鍼灸研究会のHPをご覧の上 事前申し込みをお願いします。
http://www001.upp.so-net.ne.jp/yuihari/top.htm
posted by ゆい at 12:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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