2018年10月22日

2006年8月の日本中医学交流会シンポジウムより

ずいぶん以前の話です。2006年8月27日 日本中医学交流会(日本中医学会の前身) 鍼灸分科会・学術大会が東京で開催され、私は『神経性嘔吐』について発表しました。
その報告は中医臨床2006年9月 通巻106号に掲載されています。写真はその記事の一部です。

27日の午前中のシンポジウムには私を含め5人の先生が登壇しています。そのシンポでの私の発言要旨を掲載します。
2018年の中国の鍼灸が以前よりも経絡を重視するようになり、灸法も再評価されるようになった今だからこそ、読んでいただきたいのです。長いですがご興味ある方はお読みください。
問題意識は今も変わっていません。大阪の湿度の高さを強調していますが、先進国の食生活 生活様式は湿邪 痰濁を生む、東京でも大差はないと 当時から考えていました。
地域性を強調することで、無用な対立 感情的反発を招かないようにしたのです。
「藤井はどうもちょっと違ったことを言っているが、大阪の特性からだろう」ということにして、素直に愚見を聞いていただきたいと考えたのです。

午前のシンポでの発言

「中医学は、理論はいいが臨床はどうもいまひとつ」という評価があるようです。これはおかしな評価です。臨床での治療効果に結びつかないのなら、理論がいいとはいえません。中医学は日本の臨床に即した理論的発展がすすんでいないと捉えるのが正しいのではないでしょうか。
日本の臨床で効果をあげるための、理論的発展が求められているのではないでしょうか。もしも理論的裏づけがないけれど日本の臨床ではなかなか効くという治療のやり方があるならば、それは中医学的理論で分析する必要があります。分析して中医学的針灸の中に組み込めばいいと思います。そこに総合的な理論体系である中医学理論の優越性があります。
もしも従来の理論的枠組みで捉えきれない事態が出現するならば、理論的枠組みを再構築する必要があるでしょう。理論的枠組みを再構築する必要を提起するのはだれでしょう。中国の文献の翻訳にたけた研究者や翻訳者学者の役割ではありません。先生たちは中国のすばらしい文献をたくさん紹介してくださいました。実践から理論的枠組みの再構築のデッサンをだすのは、日本の臨床の実情に即した臨床家の務めです。私たちです。ちょっと違うなあ、これは実情に合わないとかぶつぶつ言いながら、日々患者さんに鍼をうっている私たちです。
荒削りでもいいと思います。臨床家が日本での中医学的針灸理論の発展に向けて様々な仮説を提起し、実践していく段階に至っていると思います。きちんとした絵に仕上げるのは著名な先生方にお願いするとしても、少なくともデッサンくらいは臨床家が書かなければなりません。私は関西中医針灸研究会でいろいろと議論してきました。その議論の様子や仮説は隔月刊の中医研通信に収録されています。
関西中医針灸研究会の仲間は荒削りなデッサンを議論しながら書いてきたと自負しています。
開業針灸師が臨床でよく遭遇するのは比較的軽症であり、軽症は風土や生活様式の影響を強く受けます。軽症をきちんと手早く治していく力が求められています。
中国北京と大阪とでは患者の傾向が違います。江戸の八百八町(ハッピャクヤチョウ)に対し大阪は八百八橋(ハッピャクヤバシ)と呼ばれました。
大阪に橋が多かったのです。それだけ川に囲まれ、湿度が高いのです。大阪の患者は湿邪がからむ場合が多くみられます。湿邪はしつこいなどと泣き言を言っている余裕は私達にはありません。私が開業している吹田市泉町も2つの川に挟まれ、昔は田んぼだったところが宅地に変わっているところです。
ここにいる多くの皆さんがご存知の李世珍先生の配穴を例にあげてみます。李世珍先生は78年に中国援外医療隊に参加して、エチオピアに行ったことをのぞけばずっと河南省で生活し 臨床されているわけです。河南省は黄河の流れる乾燥した地域です。古代の首都 洛陽もあります。
湿度の高い大阪とはぜんぜん違います。李世珍先生にとっての「世界」は 河南省です。私の世界は大阪です。
李世珍先生が行かれた唯一の海外、エチオピアでの治療例も常用輸穴臨床発揮、東洋学術出版社の臨床経穴学に載っています。 エチオピアの気候風土を調べてみると、雨季乾季がありますが、日本のように湿度が高いとは いえない環境のようです。高原地帯です。
人は自分の臨床環境の中でものごとを認識し、その環境の中で効く治療をつくっていきます。10数年前初めて著作に接した頃と違い、今は李世珍先生の配穴を、それだけでそのまま使うことはあまりありません。10数年前は一生懸命手技をして、そのままの配穴を使っていました。今はひとひねりしています。去湿や温陽化湿のやり方を強め、 化熱化火を李世珍先生ほどには警戒せず 瀉法は多くの場合 平補平瀉にとどめ 補法は温陽など灸の補法をもって替えられるならば できるだけそうして、やっていくという具合になっています。
化熱化火を李世珍先生ほどには警戒せずというのは、湿邪が陽を阻むと考えるからです。海に囲まれた地形。食べ物からくる内湿の問題、寒冷な食品を多くとる日本の食生活。陽気を補う季節の夏に、エアコンを使い陽気不足に陥るといったこともあるでしょう。大阪の患者は北京や洛陽ほどには化熱化火しません。瀉法は多くの場合 平補平瀉にとどめというのは、湿邪が陽を阻みますから瀉熱の必要はおのずからへっていくと考えるからです。
例えば東洋学術出版社の臨床経穴学365ページの肝兪の使用例で肝血虚からの虚労の治療をみてみます。本病は五臓虚損、気血、陰陽不足の病証とされています。症状は 眩暈 耳鳴り。驚きやすい。舌質 淡 弦細などとなっています。目の疲れを伴うこともおおいでしょう。
配穴は肝兪 膈兪 三陰交(補法)となっています。肝血の補養です。
 
私なら中枢 大椎に灸頭針 四神聡留針としながら、肝兪 膈兪を使い、すべてを抜針した後に三陰交と神闕の灸といった具合です。神闕の灸で温陽化湿します。督脈任脈を使いますから陰陽も調和します。
督脈を通し清陽をあげたほうが眩暈をとめるのは早いです。熱が滞留することを心配する方が中医派には多いのですが、経気を通せば問題ありません。眩暈といえば、弁証関係なく百会に透熱灸している鍼灸師は現代の日本にたくさんいます。たいていはうまくいっています。まずその事実から出発すべきでしょう。
中枢で健脾も図れます。気をめぐらした後、三陰交で降気しておけば問題ありません。
肝血はすぐには補えません。血は脾胃で食物が吸収されて、それから血になります。鍼をしてもすぐに血は増えません。四神聡で頭顔面部の経気を通すことで 局所的に不足している場所に気血を送り、肝血虚の症状は改善できます。1回でそれなりの治療効果をあげられます。百会でもいいです。実際の肝血虚の治療はしばらくかかりますが、患者さんは早くよくなりたいのです。すぐに眩暈をとめたり、目の疲れを取るには四神聡を入れます。太陽もいいでしょう。去風と通絡を考えて風池をいれるのもいいでしょう。
針数をそこそこ使っても、清陽をきちんと上らせて頭を通絡したり、神闕で補気補陽していれば、理気過剰で瀉法に働いてしまうのではないかということを心配することはありません。私は少数穴で治療するときもあるし、たくさんつかうこともある。2番をつかうこともあれば30番をつかうこともある。こだわらないのですが、結構使ったときでも、瀉法に働いて患者さんがしんどくなったという経験は、まずありません。これは灸法を多用しはじめてからの話です。
脈舌については湿邪がからみますから弦細よりは弦滑となる場合が多いようです。
おまえが言っているのは肝血虚からの虚労ではなく痰濁の眩暈のことじゃないかという声が出てきてもおかしくないようなことを私はしゃべっています。肝血虚に湿邪をはらむからどうしても中間型のような形になります。中間型の方が大阪の実際の臨床で多くみられるのなら、肝血虚よりも肝血虚に湿邪をはらむ場合の対処法 配穴を考えたほうが有効です。中医学初心者は、その辺がわからないので大きくつまづくことが多いように感じています。中国で使いやすい分類から日本で使いやすい分類に変えていく作業が必要です。この場のみなさんでやっていきましょう。
痰濁の眩暈の配穴はたとえば鍼灸学臨床篇275ページをみると、中かん 内関 豊隆 陰陵泉頭維となっています。陽明の痰熱を頭維で清熱するといいますが、大阪では熱はそれほどないので通絡でいいでしょう。そうなると瀉法ではなく平補平瀉です。やっぱり四神聡や督脈を入れたほうが効果的です。化熱が心配なときには私は電針にしています。強い通絡は少し瀉熱にも働くと考えています。それでも心配な時はどっかで瀉血しておけばいいでしょう。

臨床経穴学369ページには誤灸、誤って灸することの弊害として「肝病には陽亢の証候が多く見られる、誤って肝兪や胆兪に灸を施すと肝火上衝をひきおこしやすい。これによって肝火が頭部に上ゆう眩暈、頭痛、頭の張る感じ、耳鳴りをなどの症状が出現する。これらの症状が出現した場合は行間を瀉して肝火の清降を図るとよい。」と書かれています。私が大阪的に言い換えると次のようになります。湿邪をもつ場合は多いので、灸で去湿するのは効果的です。肝火があがることはあまりありませんが、化熱化火が心配なときは行間や太衝に平補平瀉して降気を図っておくといいでしょうと。こういう調子で昼からの患者さんも診ていきます。
0608outo.jpg
posted by ゆい at 17:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年10月15日

多彩な症状を訴えるが 比較的 早期に治る患者さん 気の流れだけや熱だけが原因の異常は早く治ることが多い

50代後半の女性患者さんのお話です。
自律神経の乱れによる疾患が多く、調子が悪くなったら結(ゆい)にいらっしゃいます。1時間半くらい通院にかかるところにお住まいのため 当初は近くの鍼灸院に行かれるのですが、治らないときは当院にいらっしゃいます。

☆胸の違和感は3回でなくなりました

○○年1月に来院されました。胸が「ころんころん」となる感じがする。胸に違和感があるという訴えです。
10月頃から2ヶ月間 食欲がなくなり、同時に乗り物酔いしやすくなりました。日によって身体に力が入らないことがあります。
この時は1週間に3回治療して治りました。3回目に以下のアンケートをいただきました。

◆アンケート回答

よい効果があった。少し苦痛はあるが ずいぶん楽になった。総合的にいって治療前の苦痛を10とすれば今の苦痛は3であるという回答があり以下のようにコメントされました。

体のしんどさがずいぶんとれてきました。(院長から)もう1回の通院で良いのではと言われましたがもう少し 10日に一回ぐらい来させていただきたいです。元気になれば 月1ぐらいでお願いしたいです。アンケート以上

◆自筆のコメントはこちらから
IMG_1585.jpg
実際はこれで治療を終わり、次に来院されたのは1年後の9月でした。

☆暑くなると体温も上がってしまい、身体がしんどい

8月初めに西日を20分くらい浴びてから、体温が1度 平熱より高い状態が続くようになった。近くの鍼灸院に4回ほど行ったら、暑い時には体温が高く涼しい時は平熱にもどるといった状態になったが、そこからなかなか治らないので当院を思い出したとのことでした。自律神経の異常です。庭を掃くとかちょっとした作業で身体がすごくしんどいという訴えでした。

今度は瀉熱(しゃねつ)という過剰な熱をとる治療をしたところ1週間に2回の治療で治りました。暑い時も大丈夫になり作業もこなせるようになりました。
じつはこの女性は5年ほど前から手のひらが熱く感じるようになり、入浴するのが苦痛となりシャワーだけの生活を続けていらっしゃいます。寝つきもよくないようです。
もう少し継続的に治療をさせていただければ、そういった状態も治せますよと提案しましたが、そこまでは望まれないようです。

◆考察

当初の1月は身体の胸やおなか側を上から下へ流れる経絡がうまく通じなくなり、胸の違和感が出るようになったものです。この時 食道に炎症等があればお医者さまからは「逆流性食道炎」と診断されたりします。気の流れを通し整えるのは適切に治療すれば、比較的早期にできます。流れる気、エネルギーが減少した気虚(ききょ)がひどい方は補気(ほき)というエネルギーを養っていく時間が必要ですが、気を通すだけならすぐにできます。

9月は身体の熱がうまく発散されなくなっています。汗をかきすぎて身体の津液(しんえき、身体の正常な水分)が不足し、身体を適切に冷やすことができなくなった状態です。
夏の終わりによくある症状で、瀉熱で熱をとるのは簡単です。
本当は瀉熱に加え 津液不足をなくし、入浴できないような身体の不調をなくす補陰(ほいん)という治療をしばらくすれば寝つきもよくなり 入浴もできるようになります。9月の2回の治療でも補陰していましたが、2回では身体の状態をしっかり変えるところまではいきません。
患者さん本人としては 訳のわからない大変な症状にみえるかも知れませんが、中医学では分析し見通しを立てることができます。適切に治療すれば簡単に治るものも多いのです。

※治療例は個人情報保護の観点から、患者さんの年齢、状況を大勢に影響ない範囲で少し変えている場合があります。ご了承ください。
posted by ゆい at 12:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年10月11日

一か月で治った耳管狭窄症

一か月で治った耳管狭窄症

耳管狭窄症は耳鼻科では 鼻炎や副鼻腔炎などで耳管の咽頭口が腫れ、耳管の通らなくなった状態と説明されています。耳のつまりや聴力低下があります。
今回の患者さんは30代の男性で右耳の違和感 つまり感 頭痛 肩こりがつらいという訴えがありました。夏に治療しました。春先は花粉症がひどくなるが 今は鼻炎の自覚症状はほとんどないといった状態でした。
一か月 5回治療したところで頭痛 肩こりはなくなり、耳の症状も消えました。アンケートをいただき、治療を終わりました。 通院に2時間ほどかかる方でしたが、なんとか通院していただきました。
春先に花粉症がひどくなると鼻炎から耳管狭窄症が再発する可能性があるので、2月ごろから花粉症の治療をしましょうと お願いしています。

花粉症の治療については以下をご覧ください。症状を抑えるだけでなく、本当に治す治療です。
http://hari.yuisuita.com/category/1461803.html

◆アンケート回答

非常によい効果があった。ほとんど完全になおり苦痛がない、総合的にいって治療前の苦痛を10とすれば今の苦痛は1であるという回答があり以下のようにコメントされました。

一年以上前から耳管狭窄症と診断されずっと右耳のつまり感を感じながら過ごしていました。耳鼻科を転々としても一向に治らず困っていたところインターネットで耳鼻の治療をやっている結鍼灸院を知り通うことになりました。家のある○○から通うのは大変でしたが4回目の治療くらいで耳のつまり感がほぼなくなり5回目ではほぼ完治しました。鍼灸の力の不思議さにおどろいているところです。1か月くらいで治るとは思いませんでした。本当にありがとうございました。
IMG_1610.jpg

2018年10月10日

頻尿 過活動膀胱に棒灸が効きます

NHK[総合]で2018年9月24日(月)に放送されたドキュメンタリー番組「東洋医学 ホントのチカラ〜科学で迫る 鍼灸・漢方薬・ヨガ〜」はご覧になったでしょうか。
番組の中で頻尿 過活動膀胱を会陰(えいん)というつぼを小さなローラーでマッサージして効果があったという話が紹介されていました。似たようなことをやっているなと思いました。じつは結(ゆい)は棒灸で効果をあげています。
会陰の位置は女子は肛門と陰部の間です。男子は肛門と陰嚢の間です。過活動膀胱かどうかのチェックは以下からどうぞ。

◆過活動膀胱 チェック
http://www4.nhk.or.jp/P5063/23/

☆頻尿 過活動膀胱に棒灸が効きます

会陰への棒灸は以前「膣カンジタが早く治る方法」で紹介しました。膀胱炎にも良く効きます。お灸の煙(ヨモギの煙)には殺菌作用があります。バルトリン腺のう腫が大きくなって痛む患者さんにも効きました。のう種が小さくなり痛まなくなりました。
生理不順やPMS(月経前症候群)に使うこともあります。

◆膣カンジタが早く治る方法 
https://www.yuisuita.com/acupuncture/cat_woman/entry_1178/

以上のような患者さんの中に過活動膀胱の方もいて「頻尿がなくなった」という声を聴くようになり、なるほど過活動膀胱にも効くんだとわかりました。

☆恥ずかしくないです。ディスポショーツを使います。

結(ゆい)ではディスポショーツにはきかえてもらい、ショーツの上から棒灸をかけます。下半身はディスポシーツやタオルで念入りにカバーします。同時に頻尿に効くつぼに鍼をします。韓国流のヨモギ蒸しと鍼灸治療をいっしょにやるようなものです。自宅でも棒灸治療をしてもらいます。
頻尿 過活動膀胱にお悩みの方は ぜひお試しください。直接 言うのが恥ずかしい方はメールかメモでどうぞお伝えください。

☆NHKテレビ番組の要約(Gooより)

頻尿もツボで改善することが可能。尿が溜まる時、通常は膀胱の筋肉が緩み膨らんでいく。そして膀胱が一杯になると自律神経の司令によって膀胱の筋肉が収縮を開始、この時尿意がもたらされる。しかし、自律神経に異常が起きると尿が十分に溜まらないうちから脳が収縮の司令を出してしまうようになる。このため頻繁に尿意を感じてしまう「過活動膀胱」が起こるのだという。過活動膀胱は投薬治療も可能だが、副作用で治療を続けられない人も多い。長年自律神経の研究を続けている堀田晴美さんによると、ローラーを使って「会陰」というツボを刺激することで頻尿が改善されるそう。実際に40代〜60代の頻尿に悩む女性11人に実証実験を行った。診断に使った「過活動膀胱」の質問表はHPでも紹介中。女性たちにローラーを渡し、1日1回・5日間 会陰をさすってもらうと、全員が改善。中には診断が0点になった人もいた。強くさすると症状が悪化するおそれがあるので注意が必要。会陰をさすることで「仙髄」への刺激が伝わり、自律神経が遮断され膀胱の過剰な収縮がおさまるのだそう。
写真はワンちゃんに棒灸をしている様子 患者さんからいただいた写真です。
imageinu1.jpeg
posted by ゆい at 16:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 女性科

2018年10月07日

鍼灸は人柄という面もある。築地市場のまぐろ屋 兼 鍼灸師の先生

写真は9月末の朝日新聞の記事です。築地市場移転に関連して森幸二さん(87)が市場で働く人とともに登山をやっていたというお話ですが、じつは森さんは登山のほかにもうひとつの趣味(仕事?)をお持ちでした。鍼灸師です。
1980年代 私が横山瑞生先生の東京 四谷一本堂で研修を受けていたころ、勉強会 日中医療普及協会でご一緒しました。横山先生が主宰する日中医療普及協会は中国の「はだしの医者」の影響を受けて発足した研究会です。当時は刊々堂出版社の「針灸学」(上海中医学院編 翻訳は浅川要先生ほか)が必読文献のようになっていて、苦労して読んだものです。学問はわかりにくくて当たり前の時代でした。

森先生は自宅の一角を鍼灸院にされていました。温厚な人柄で、なんというかそこにいらっしゃるだけでみんなの気持ちが落ち着くような先生でした。とくに特徴のある治療をされていたわけではありませんが 鍼灸というのは人柄で治す要素も大きいなと思ったものです。
兵頭明先生が中国から帰国され東京衛生学園で講座をもたれたのも80年代後半です。文化大革命期の「はだしの医者」から現代中医学へ。私は四谷の東京医療専門学校(呉竹学園)出身でしたが、大森に出入りして学ぶようになっていました。
IMG_1587.jpg
posted by ゆい at 17:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記